競技志向が目指すもの

日本障がい者乗馬協会の活動方針として、競技の奨励と、競技会の開催があります。しかし、そうした競技志向は、限られた熟練者のためのものでも、重度の障害者を無視したものでもありません。
健康の維持や増進を図る全ての手段がそうであるように、乗馬セラピーもまた、継続することによってこそ大きな効果が期待できます。騎乗者に障害があるからといって、いつまでもリーダー(馬を引いて誘導してやる人)やサイドヘルパー(騎乗者の横を歩きながら体を支えてやる人)を伴なって歩いているばかりでは、やがて騎乗者も乗馬に飽きてしまいます。できれば自分一人で馬を動かしてみたいものだし、スピードをあげたり駆けめぐってみたいと思うのは健常者も障害者も変わりません。毎回楽しく乗馬できて、そこに向上心を育んでやれれば、自ずと乗馬を継続してくれるものです。

騎乗者が「競技」という目標を持ったとたん、その人の視界はぐっと広がります。目の前にはいくつもの目標が連なっているからです。引き馬で乗ってる人は単独騎乗馬へ、常歩しかできない人は速歩へ、そして常歩へ、課題をもって乗馬に取り組むことができます。大会を目指す、メダルを目指す、優勝を目指す、国際大会を目指す、健常者の大会を目指す、パラリンピックを目指す…騎乗者の夢は無限に続きます。

障害の種類や程度によっては、たとえどんなに練習しても一人で自由自在に乗馬することを望めない場合もあります。医師や父兄との綿密なやり取りによって、乗馬をする際に何らかの制約を設けなければならない場合もあります。しかし当協会の主催する全国障害者交流乗馬大会では、騎乗者の技術や障害に応じた種目を設け、誰でも(初心者でも)競技を楽しめるようになっています。
また馬具を改良したり、乗り方や練習方法を工夫することで、快適に乗馬ができるようになるケースも少なくありません。そうしたノウハウは、基本的には指導者や騎乗者自身の創意工夫と試行錯誤によって蓄積されます。専門家の意見も重要です。馬術的には妙案でも、医学的には不適切な場合もあるからです。当協会であれば、医師、理学療法士、作業療法士といったアドバイザーの意見や、パラリンピック委員会などへのネットワークを通じて世界的な権威からの意見を聞くことも可能です。

生まれてから一度もスポーツの大会を経験したことのない障害者も珍しくありません。大会への出場を目標にすることによって、彼らは様々なことを経験します。インストラクターによる真剣なレッスン。馬術の正装に身を包む晴れがましい気持ち。試合前の緊張感。結果の良し悪しに伴なう達成感や屈辱感。唯一のパートナーとして一緒に競技に臨む馬への信頼感や愛情も強まります。スポーツの大会で栄冠を勝ち取り、人々の拍手喝采を浴びながらメダルを首にかけてもらう気持ちは格別です。同好の仲間と知り合い、交流を深めるきっかけにもなります。馬術のレベルや競技成績は二の次。競技をすることで、日常生活ではなかなか味わえない気分や体験も手にできるのです。